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朱の洪水を湛えてびいどろは沈黙する [さくらん]

大門に填め込まれたびいどろの水槽、優雅に尾鰭をくゆらせてまどろむ金魚の朱色-吉原遊郭に生きる女と男を、きよ葉(後に日暮)という一人の花魁を軸に描いたフィルム。


金魚さん一杯で、それはとても良かったんですが。
なんで蘭鋳が居なかったんだろ、と関係ないコトを思いました(金魚見ると勝手に脳内ではムックの蘭鋳とか水槽とかが流れる程湧いてるので);

…原作未読、事前情報は予告編くらい、という状況で観たのですが、思ってたよりは良かったというか、きついかなぁ、と覚悟してたよりは色彩も抑えてあったような…気もしなくもない(蜷川さんの写真って凄い毒々しいっつーか、毒キノコ並に自己主張してるじゃないですか。前衛じゃなくて無防備な露呈っていう印象が強いんですが)。それでも、敢えて一言で表現するなら壮大なPV。

時代考証とかどうでもいいんですが。
現代感覚を絡ませる際の、割合が結構いい加減だったかな、と。口調とか、遊女言葉とか無くてもいいんじゃ? という風に思いました。全編現代語、その方がすっきりする。

原作との比較が出来ないので反映率は判りませんが、メタファーで全編を包んで終焉させているという点ではいい落とし方だったのでは、と思います。

道行はすなわち心中の死出の先触れ。
己の心を殺して生きるも苦界なら、心のままに果てるも六道の苦界。身受けられた粧ひの生き方も、愛執に壊れた高尾の生き方も、きよ葉から見れば目映いものだったんじゃないかな、なんて。


泣けないだろう、と軽く見てたんですが…予想外に結構泣けました。といっても見事に安藤さん演じる清次の場面でだけだったんだけど。ただ、清次の心情の変化は顕されていたけど、日暮の心境の変化が視えないというのはどうかと; 観るまでずっと、煽りにあった"初恋に裏切られ"ってのが清次への感情のことだと思ってたんですよね…身売りされるのって大体十に満たない頃でしょ? そうすると親身になってくれる清次ってのは充分恋慕の対象になる(しかも桜が咲いたら云々は彼の言葉なんだし)。でも清次にとってはあくまでビジネス。そういう部分で、ずーっときよ葉が清次のことを"男"として認識してて、色々あったことも総てその奥に清次への挑発的な無意識下での意図が見え隠れした上で、最期は叶って道行に…と予想してたんですよ(原作知んないから、今一掴めないけど)。

結構最初の方の、足の指で清次の股間を辿るみたいな箇所がそういう伏線なのかなーって思ってたけど全然違うっぽいし(そもそもきよ葉に清次への思慕の欠片すら感じられなかったけど; 日暮に改まった辺りから何となく変わって来たかな、って感触はあったような気もするような)。

だから、何か最後のご隠居との会話が取って付けた感が強かったのが勿体無いかも。


でも安藤さんの血糊まみれの姿を見ずに終わってくれて良かったです。成宮さんは鏡地獄の印象を思い浮かべて観れば、まぁ確かに笑う鬼に見えなくも。普通に笑うのが怖いっていう感覚は難しい。

アンナさんは、足抜け覚悟で惣次郎に会いに行った時の墨染め姿が一番美しかったです(華やかな衣装全否定、って訳じゃありませんが)。これは歌舞伎の女方さんも同じですね、尼姿にこそ色がある(黙れ)。

とまれ、15年ばかり前の中学生の時に紛れ込んでしまった現実の遊郭の暗澹としていて何故かファンタジックだった光景の方が較べようもないほど鮮烈だったな、と改めて感じたのですが…監督さんや脚本さんは、そういう地図にない本物のエリアに取材に行ったりはしたんだろうか? ふと、そんなことも考えてみたり。


どうでもいいことですが、小泉今日子さんの役が清次の産みの親だったのかな、と見終わって思いました。それで計算すると二人って一回り違うんですね(そうするとちょっと安藤さんだと若すぎたかも;)。
後、椎名林檎の曲使いすぎ。かなりくどかった; 元々そんなに林檎さん好きじゃないせいもあるんだろうけど; パンフの出来も今一だったのが残念。役者のインタすらないって; 百歩譲るとしてもあのスチールの画質の悪さは…どうにもならなかったんだろうか;

by yoiyamigentoukyou | 2007-03-24 20:30 | 映画も観る