[禽獣の門] 赤江 瀑
[禽獣の門] 赤江 瀑/未来工房※入手不可(古書店にはあるかも…?)

お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、特装本です。奇縁としか例えようのない偶然の重なりで頂いたお品です。

…とは言え、未来工房さまと遣り取りさせて頂いていたメールは総て先代先々代PCに保存されていて持ち出せなかったので、経緯を説明するのは難しいのですが(というか本当に稀なケースだったので、ご連絡頂いた時は「向こう10年分の運は使い切ったな」と本気で思いましたが);


発行年は79年、当方2歳になるやならずやの時。
よもや25年を経て無垢なまま当方の手許へと至るとは思いも寄らなかったはず(当たり前だ)。縁とは本当に不思議なものですね。

各頁に銀で鶴の版画が刷られていて、それが二篇の収録作に関わりが深いというのが憎い演出(鶴と彫刻という部分)。本自体はずっしり重いです。
収録は[禽獣の門][阿修羅花伝]、能楽師・立花春睦という共通する登場人物を有する短篇が2本。

赤江氏の作品で、登場人物が共通する作というのは余り無い(と思う…連作とかは別にして)。だからこそ、この二篇は特殊な感じがあります。


優美とされる鶴の、嘴に嬲られる背の痛みが一組の夫婦に落とす翳り。 <[禽獣の門]。
孫次郎の女面に魅了された若き面打ち師の凄絶な生き様に浮かぶ能の昏い闇。 <[阿修羅花伝]。


能面、という面は、本当に美しい。
その表情のバリエの多彩さが、恐くて、美しい。

私は確かに能よりも歌舞伎や狂言へ運ぶことの方が多いのですが、より惹かれるのは能なんです。
元々、能面というか…鱗模様のことに興味を持ったのが能を知る切っ掛けで。
▲を積み上げた、とてもデザインとして凛々しいこの文様が、嫉妬に狂い鬼女へと変貌する、妄執の精神の様を具現化しているのだというのが小学生ながらに何か感じ入ることがあって。

…小面と般若という表裏の表情の面も、やっぱり面白いと思いました。金泥というんですかね? 眸の表現も憤怒の瞬発性みたいな感じがして。

仮面、ではないんだと思ったんです。能面っていうのは、もっと生々しい…それこそ安部公房の描く個の剥奪、記号性みたいな(そこまで小学生時分に考えた訳じゃありませんが、すんなり公房なり新本格ミステリに傾倒したのは元々記号論的な感覚を持っていたからなのかも知れないとは思う)。


無心に刳る面から滲む、若く凛々しい面打ちの貌…立ち昇る思念のようなその情景を想像すると、とてつもなくエロティックに思う。
その面をまとい、面によって顔面という一番の具体的な個性を隠される能楽師という生き方の、想像するには余りにも特殊な視界に慄然とするのです。

とまれ、実際の公演を観ている時にはそんなことは考えたりはしないのですが(そんな余裕ないです、はい)。


一つの生き方を背中の疵に封じ、舞う能楽師。
その影として添い遂げる覚悟の後見役。
面の裏、見えないはずの疵の闇に魅入られ一心に面を打つ青年は、報われぬ恋情に己の貌を切り刻む…まるで彼自身が面の裏であるかのように。


この二篇もまた、表裏なす女の妄執の面に他ならないような気がします。



※立風書房刊・京都小説集[其の壱 風幻]には[禽獣の門]が、[其の弐 夢跡]には[阿修羅花伝]が収録されています。他にも別途収録されていたりするのですが、この作品集が一番手に取りやすいかな、と。多分図書館にはあると思います。

※※若干重厚感は下がりますが、M文庫や光文社文庫にも入りましたので、そちらのがいいかも。

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by yoiyamigentoukyou | 2008-10-15 02:18 | 読書/赤江 瀑